当記事は和田竜著『忍びの国』の書評です。
今回ご紹介する小説の主人公は、感情を持つことを許されず、常に非情でいることを求められた「忍び」の男。
織田信長の息子・信雄vs伊賀の忍び勢の戦い「天正伊賀の乱」を舞台に、ある忍びの男が伴侶を得たことで変化していく切ない歴史小説。
あなたにとっての、良き一冊となりますように。
『忍びの国』あらすじ
時は戦国。忍びの無門は伊賀一の腕を誇るも無類の怠け者。女房のお国に稼ぎのなさを咎められ、百文の褒美目当てに他家の伊賀者を殺める。このとき、伊賀攻略を狙う織田信雄軍と百地三太夫率いる伊賀忍び軍団との、壮絶な戦の火蓋が切って落とされた——。破天荒な人物、スリリングな謀略、迫力の戦闘。「天正伊賀の乱」を背景に、全く新しい歴史小説の到来を宣言した圧倒的快作。
『忍びの国』和田竜著 新潮文庫出版 (2011/3/1)より引用
織田信長の息子・織田信雄と、伊賀の忍び勢との間で勃発した「天正伊賀の乱」。
領土を拡大したい織田軍と、戦に勝つことで箔をつけ、資金を稼ぎたい伊賀勢。武家vs忍びという異色の戦いを、伊賀一の強さを誇る主人公・無門の目線で追ったストーリー。
史実をもとに描かれていて、主人公の無門とその奥さん以外は基本的に実在した人物です。戦いの背景もくわしく説明されているので、歴史に詳しくなくても大丈夫。
男たちの繰り広げる白熱の戦いに、ページを繰る手が止まらない。
じっくりと物語の世界に浸れる1冊。ぜひ手にとってみてください。
『忍びの国』感想・レビュー
誰を犠牲にしてでも自分の命だけは大事にする。目的のためなら、人の命を奪うことを屁とも思わない。
こんな教えを叩き込まれ、常に非情であることを求められた忍びたちの人生を目の当たりにして、胸苦しくなりました。
時代が違うので価値観の違いは仕方がないとしても、情が生まれると忍びの術が衰えるからという理由で「七人の子をなすとも女に心許すな」という教えは、あまりにも酷ではないでしょうか。
そんな忍びのなかで伊賀一の強さを誇る主人公・無門。
そのくせ地位や名声には興味がなく、いつもどこか無気力な雰囲気が漂っています。
そんな彼が、戦や伴侶・お国との暮らしを通して少しずつ感情を動かされていく姿は、忍びという職業柄あるまじき変化ではあるのですが、人間味が感じられてどこか安堵してしまう部分もあったりして。
3つのポイントに整理して、本の感想をお伝えします。
POINT1. 冷酷な主人公の心の変化
本作の主人公・無門は、伊賀一の腕を誇る忍びです。
お金や地位、名誉のために命をかける者が多かったこの時代。彼はめずらしいタイプでそういったことには興味がなく、いつもどこか斜に構えていて無気力です。
忍びという職業柄、命がけの危険な仕事が多いのですが、淡々としていてイマイチ主人公の内面や感情が掴めず、はじめのうちは感情移入がしにくいかもしれません。
ですが最後まで読むと、それには理由があったということに気がつきます。普段感情を抑圧している彼の気持ちがあらわになるシーンでは人間味が感じられて、不器用で優しい彼のことが一気に好きになってしまうでしょう。
私たちもふとした時に、相手の内面や本音に触れてその人のことが気になってしまう、愛情が湧いてしまう時ってありますよね。
人の心を動かせるのは、人の心だけなのかもしれませんね。
POINT2. 奥さん(?)との絆
主人公・無門には奥さん(?)がいるのですが、この女性がとんでもなく気の強い女で、口説き文句で無門が言った「お金に苦労はさせない」という発言を盾に取り、大金を稼いでくるまで夫婦の契りは交わさない。と、無門を家から追い出します。
もともと怠け者な無門が奥さんに認めてほしくてコツコツとお金を稼いでくる姿は、まるで尻に敷かれている現代のサラリーマンさながら(笑)
普段は職業柄、血も涙もない残忍な働きをしている無門ですが、この夫婦のやりとりだけはほっこりしていて救われます。
外でツラいことがあっても、味方がいるから頑張れる。そんな気持ちを持つことさえ許されない忍びですが、この女性のおかげで無門が変わっていくさまには、胸がジーンと熱くなりました。
ラストシーンは涙なしでは読めません。
POINT3. 歴史を知るきっかけに
本書は実際に起きた「天正伊賀の乱」が題材となっています。
歴史の教科書でもあまり触れられていないので、もともと歴史が苦手だった私は正直、この作品を読んではじめてちゃんと知りました。
織田信長の息子・信雄vs伊賀・忍者集団の戦いなのですが、本来戦は武家同士でするのが一般的なのだそうで、忍者を相手にするのはめずらしいことだったそうです。
では、なぜ忍者相手に戦が起きたのか?
当時、天下統一を目指していた織田軍は、着実に領土を拡大していました。この時代、地域ごとに大名がいるのが一般的で、大名は武家なのでその地域を支配したい場合は大名同士の戦いとなるわけです。
一方で、伊賀のある伊勢地域一帯では大名がおらず、常に「地侍」と呼ばれる武家ではない小領主がたくさんいたのだそう。そしてこの地域には忍者もたくさんいて、この地侍同士の戦いの際にも駆り出されるのは忍者だったんですね。
ですので、この伊勢地方、伊賀一帯を支配したいのであれば自ずと忍者と戦うことになったようです。
武士と違って手裏剣や特殊な技を体得しているので、織田軍は相当苦戦したようです。
『忍びの国』感想・まとめ
非情であることを求められながら、感情を捨てきれなかった悲しい忍びの物語。
自分の気持ちがわからなくなってしまった時に、そっと手にとってみてください。
不器用で人間くさい主人公を通して、自分がなにを抑圧しているのか、考えるきっかけになるかもしれません。
ぜひ手にとってみてください。