当記事は山崎ナオコーラ著『カツラ美容室別室』の書評です。
今回ご紹介する小説は、男女の友情・大人になってからの友だちの作り方について考えさせられる1冊。
ひょんなことから出会った男女が、恋仲になるのか友人関係になるのか腹を探り合う様子が何ともリアルでくすぐったい気持ちになります。
登場人物たちから、人との距離感、関係性の築き方を参考にしてみるのもいいかもしれません。
あなたにとっての、良き一冊となりますように。
『カツラ美容室別室』とは?
『カツラ美容室別室』は、2007年河出書房新社より出版された山崎ナオコーラの小説。
芥川賞候補にも選ばれており「友達以上、恋人未満」の男女の心理描写が高く評価されている。
『カツラ美容室別室』のあらすじ
こんな感じは、恋の始まりに似ている。しかし、きっと、実際は違う……引っ越し当日、破天荒な友人に誘われて、髪を切ることになった27歳の会社員のオレ。カツラをかぶる桂さんが店長をする美容室で、オレは同い年の長身の美容師エリと出会う。はたしてオレとエリの関係は、どこに向かうのか?恋と友情の微妙な放物線を描く話題作!
『カツラ美容室別室』山崎ナオコーラ著 河出文庫出版 (2010/10/5)より引用
これは友情なのか、恋なのか?
お互いに、ちょっと気になる存在。だけど、積極的に進展させようと思うほどでもない。そんな2人の微妙な距離感が少しずつ変化していく様子に注目です。
浮かれた気持ちと、ふと冷静にジャッジする時の感じがとってもリアルに描かれていて、誰しも1度は経験したことがあるあの感覚に、くすぐったい気持ちになること間違いなし。
160ページほどの短い作品ですので、淡い気持ちに浸りながら休日に一気読みするのがおすすめです。
『カツラ美容室別室』の感想・レビュー
いわゆる恋愛小説ではない、男女の友情とその距離感の難しさについてしみじみ考えさせられるストーリーでした。
ストーリー自体はほのぼのとしているのですが、桂さんをはじめとした個性的なサブキャラクターたちが物語にとってもいいスパイスを加えていました。
エリのちょっとした言動から「オレ」の気持ちが高まったり、はたまた冷めてしまう様子がとても丁寧に描かれているのですが、特に引き込まれたのは作者の山崎ナオコーラさん特有の独特な比喩と文体。
好きなのかどうかハッキリしない、微妙な気持ちの描き方に、他にはないワードセンスを感じました。
3つのポイントに整理して、本の感想をお伝えします。
POINT.1 カツラをかぶった美容師の桂さんがチャーミング
え!「カツラ美容室」ってそういう意味⁉︎美容室なのにカツラ⁉︎と衝撃をうけますが(笑)ちゃんと冒頭の5行で説明があるので安心してください。
たしかにカツラはかぶっていますが、名字が「桂」です。このあたりにも作者・山崎さんのギャグセンスを感じますよね。
桂さんは、ひょうひょうとして掴みどころのないキャラクターかと思いきや、部下のために立ち上がるアツい一面があったりと、人情味のある素敵な店長さんです。
「オレ」が出会う「エリ」はこの桂さんの部下なのですが、桂さんとエリの関係性もまさにストーリーを通して描かれている「距離感の難しさ」の象徴だなと思いました。
この2人の関係性にも注目です。
POINT.2 オレとエリの関係は、果たして……?
ストーリーは春から始まり、ちょうど1年後の春で終わるのですが、私はこの最後の春のシーンが1番好きです。
読了後、あらためて冒頭の春のシーンを読み返すと、微妙な距離感だと思っていた2人の関係性も、取り巻く環境もけっこう変わっていたことに気づかされ、それでいてとても甘やかな気持ちにさせてくれました。
一見同じことの繰り返しのようでも、人は少しずつ変わっていくものなのだなと実感します。
美容室という舞台設定らしく、気持ちとともに変化していくエリの髪型にも注目です。
POINT3. 心理描写と比喩の描写が秀逸
もう一度会ったら、何かが始まるような気がしている。真っ暗な甕の中を覗いているような気持ちだ。水が入っているのか、入っていないのか。目をどれだけ凝らしてみても、闇しか見えない。
『カツラ美容室別室』山崎ナオコーラ著 河出文庫出版 (2010/10/5)より引用
山崎ナオコーラさんは独特な比喩と文体が特徴の作家さんです。
「オレ」の気持ちの描写で特に印象的だったものを引用してみたのですが、気になる相手が自分をどう思っているのかわからない、という描写で水が入った甕(かめ)に例えるのは、山崎さんくらいのものではないでしょうか。
他にも、思わずうなって読み返してしまうような、独特な文章も必見です。
『カツラ美容室別室』の著者について
『カツラ美容室別室』の著者、山崎ナオコーラさんは日本の小説家。
コーラが好きだからという、そのまますぎる理由でこの独特なペンネームになったのだとか。
しかし独特すぎるペンネームとは裏腹に、これまで執筆した作品のほとんどが芥川賞候補に選ばれるという実力の持ち主。繊細な心理描写に定評があります。
『カツラ美容室別室』を読んだ感想・まとめ
友だちとは?を、あらためて考えるきっかけになる1冊でした。
距離のとり方、つきあい方……どの登場人物の目線で読むのかによっても、感じ方が変わりそうですね。
人間関係に疲れたときに読んでみると、不器用だけど懸命に生きている彼らの姿に、心がほっとラクになるかもしれません。
ぜひ手にとってみてください。