当記事は小川糸著『あつあつを召し上がれ』の書評です。
今回ご紹介する小説は、自分じゃない別の誰かの人生の1コマを、料理とともに体験できる、そんな作品です。
短編集ですので短い時間で読めますし、どこから読んでもOK。眠りにつく前のほんのひとときに「別の誰かの人生」にトリップ。
ベッドに潜って、スタンドライトをつけて。
あなたにとっての、良き一冊となりますように。
『あつあつを召し上がれ』あらすじ
この味を忘れることは、決してないだろう——。10年以上つきあった恋人との、能登へのお別れ旅行で味わった最高の朝食。幼い頃に、今は亡き母から伝授された、おいしいおみそ汁のつくり方。何年か前に家族みんなで並んでやっとありついた、天然氷でつくった富士山みたいなかき氷……。ときにはほろ苦く、ときには甘く優しく、身も心も温めてくれる、食卓をめぐる7つの感動の物語。
『あつあつを召し上がれ』小川糸著 新潮文庫出版 (2014/5/1)より引用
食にまつわるストーリーが7話収録された短編集。
食べ物がメインというよりかは、食にまつわる記憶をたどっていくストーリー。
心理描写が丁寧で、登場人物のこれまでの人生や「人となり」が感じられるような描写が多く読み応えがありました。
ほっこりするヒューマンストーリーから、ちょっぴり切ない失恋の話まで、さまざまなタイプのストーリーが収録されているので、いろいろな作品が読みたい方におすすめ。
ぜひ手にとってみてください。
『あつあつを召し上がれ』感想・レビュー
どのストーリーも、人の人生が感じられる小説だなと感じました。
1話20ページたらずの中で、ちょっとした1コマを切り取ってスポットライトを当てるのがとてもお上手だなぁと。登場人物の心の動きがリアルに伝わってきて、出てくる料理も心理描写に効果的に作用していました。
読み終わった後、すぐに次のストーリーにいくのではなくこの主人公、この後どうなったかな……なんて思いを馳せてしまうような奥行きを感じる作品でした。
3つのポイントに整理して、本の感想をお伝えします。
POINT1. 繊細な心理描写
食べ物にまつわる話ですが、食事がメインというよりかは、どちらかというと心理描写や登場人物の背景に重きが置かれているのが特徴です。
登場人物のこれまでの関係性や、この物語が終わった後の展開を想像させてくれるような切り取り方で、短編集とは思えないほどのストーリーの奥行きを感じました。
物語につながりはないので、ストーリーによって気づき、驚き、共感、反感……いろいろな気持ちにさせてくれます。
自分以外の人にも読んでもらって、どのストーリーに共感できるか話し合うのも楽しそうですね。
POINT2. 異なる舞台設定
ストーリーにつながりはないので、どこからでも読めます。それぞれ舞台設定も主人公の境遇も異なるので、同じ作家さんが描いたとは思えないような新鮮さがありました。
時には海外、旅行先で、またはレストランで……物語はさまざまな場所で進行するので、こちらも旅先に来たような浮遊感が味わえます。旅行先に持っていって移動中に読むのもおすすめ。
1冊でいろんなジャンルの作品が体験できますので、途中で飽きてしまうこともないですし、お得感もありますね。
POINT3. 味覚と記憶
本書では、調理しているシーンがあまり出てきません。これは料理が題材の小説としては珍しいことではないでしょうか。
料理がメインテーマというよりかは、お店の味、あの時の味とともによみがえる「記憶」に焦点を当てている印象。
その分、その料理やそれを食べたシチュエーション、その時一緒にいた人との関係性など、背景にスポットライトが当たっているので純粋に物語を楽しむことができますし、短いストーリーながら共感できる人物がきっと見つかるはずです。
『あつあつを召し上がれ』感想・まとめ
今回は、料理とともにさまざまなヒューマンドラマをめぐる短編集をご紹介しました。
忙しい日々のなかで、なんとなく気持ちが荒んできてしまった時、気分転換したい時。眠りにつく前のほんのひとときに「別の誰かの人生」にトリップ。
誰にも会わなくてもベッドの中で、何気ない一文に救われることがあるかもしれません。
ぜひ手にとってみてください。