当記事は三浦しをん著『舟を編む』の書評です。
今回ご紹介する小説は、国語辞書の編集部にスポットライトを当てたストーリー。
誰にでもわかるように。という使命のもと、辞書の編纂に日夜励む「言葉のプロフェッショナル」たちから、仕事への取り組み方のヒントがもらえるかもしれません。
涙なしには読めない、胸が熱くなるお仕事小説。
あなたにとっての、良き一冊となりますように。
『舟を編む』とは?
『舟を編む』は、2011年光文社より出版された三浦しをんの小説。
本屋の書店員の投票によって選ばれる本屋大賞を受賞したことで注目を集め、その後映画化、アニメ化もされた彼女の出世作とも言える作品です。
『舟を編む』あらすじ
出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
『舟を編む』三浦しをん著 光文社文庫出版 (2015/3/20)より引用
国語辞書をつくる人たちの苦労と喜びを描いたストーリー。
出版社の中でもあまり目立たない“辞書編集部”。1冊つくるのに膨大な時間と資金が必要なことから、ろくに人材も回してもらえずイマイチ活気のない様子……。
そんな時、営業部から異動してきた主人公・馬締の存在が、辞書編集部の空気を変えていきます。
辞書作りに全力を注ぐ者、仕事との向き合い方に悩む者……さまざまな人たちが触れ合い、悩みながら辞書づくりに励む姿に胸を打たれること間違いなし。
ぜひ、手にとってみてください。
『舟を編む』感想・レビュー
主人公の馬締を始めとする辞書編集部の面々が、仕事を通して悩んだり、自分なりの答えを見つけようともがく姿に何度も目頭が熱くなってしまいました。
辞書を作る、言葉の意味を解説するということがどれだけ大変なことか。ひとつの言葉の解釈に部員全員で悩み、何日もかけて議論する姿にはリスペクトを感じずにはいられません。
なんでも携帯電話ひとつで調べられるのが当たり前の現代において、ひとつの辞書を完成させるまでに何年もかけるストーリーは新鮮でした。
少し立ち止まって自分の気持ちを立て直したり、仕事の取り組み方に悩んでいる時にぜひ手に取ってほしい作品です。
3つのポイントに整理して、本の感想をお伝えします。
POINT1. 主人公は“まじめ”
主人公はまじめです。いえ、性格だけの話ではありません。本当に「まじめ」なんです。
そう、本書の主人公は馬締(まじめ)という超難読ネームさん。
そのネーミングも笑ってしまいますが、性格も「クソ」がつくほどの真面目さで、ちょっとズレているところがあります。
しかし、彼のそんな真面目な性格が辞書編集部では大きな威力を発揮します。変人扱いされていた彼が、メキメキと頭角を現していく様子に勇気をもらえる人も多いはず。
適材適所。人には上手にできる事とそうでない事がある。ということを馬締は教えてくれます。
あなたももし、今の立場や仕事内容が自分に合っているのか悩んでいるなら、本書が考えるきっかけをくれるかもしれません。
馬締の真面目さが伝わってくる巻末収録のラブレターは必見です!
POINT2. 方向性・指針を持つことの大切さ
ひとくちに国語辞書といってもそれぞれコンセプトがあるようで、その個性は解説文に顕著に現れるようです。
あの解説文を「考える側」の人たちのことを、想像したことがあるでしょうか。
私は子どもの頃に辞書を引いていて、まわりくどい解説だな。もっとストレートに書いてくれたらいいのに。と思ったことがあります。
例えば「右」の説明をするとしたら、あなたならどうやって説明しますか?
本書の主人公・馬締だとこうなります。
「『ペンや箸を使う手のほう』と言うと、左利きのひとを無視することになりますし、『心臓のないほう』と言っても、心臓が右がわにあるひともいるそうですからね。『体を北に向けたとき、東にあたるほう』とでも説明するのが、無難ではないでしょうか」
『舟を編む』三浦しをん著 光文社文庫出版 (2015/3/20)より引用
いかがでしょうか。たくさんの事に配慮しながら、かつ誰にでも伝わるように説明するという難しさ。
子どもの頃の私ならきっと『ペンや箸を使う手のほう』が、いちばんわかりやすいのに。と感じたでしょう。
ですが、左利きの人には「右」の解釈が逆になってしまいますよね。
こんな調子で主人公の馬締を中心に、辞書編集部の面々はひとつの単語の解説を考えるのにたくさんの時間をかけて議論します。
途方もないように感じますが、辞書に課せられた「すべての人にわかるように」という指針に沿って仕事を進める姿にハッとさせられます。
個人ではもちろんのことですが、チームで動くときは特に指針や軸を持つことで、みんなが同じ方向に動きやすくなりますよね。
何事にも軸をもって臨むことって大切だなと、しみじみ感じさせてくれた作品でした。
POINT3. 向き・不向きを考える
今の仕事、向いてないな。そんなふうに思ったことはあるでしょうか。私は、あります。
そう思った時にどうするかは人それぞれだと思いますが、本書では
・運よく向いている場所に身を置けた人
・向いてないと思いながらも、自分なりに頑張ってきた人
その両方が登場します。どちらも熱量や取り組み方は違うけれど、仕事に、自分に向き合ってきたという事実は本物。そしてそのどちらの人も、それぞれの自分と戦っています。
もしあなたが今、向いていない仕事にこれからどう向き合っていくか悩んでいるのなら、身の振り方・考え方のヒントになるかもしれません。
『舟を編む』著者について
『舟を編む』の著者である三浦しをんさんは、1976年東京生まれの小説家です。
2000年『格闘する者に◯』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。
人物描写に定評があり、ヒューマン系の小説を多数執筆されています。映画化された作品も多く、エンターテイメント性のある作品から、恋愛、お仕事小説まで幅広いジャンルの作品を生み出されているのも特徴です。
他の作品も気になる方は、三浦しをんさんのおすすめ10選も合わせてチェックしてみてください。
『舟を編む』感想・まとめ
今回は、膨大な時間をかけてひとつの作品を完成させる職業をご紹介しました。
忙しない毎日から少し離脱して、じっくりと物語の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。地道で終わりのない作業に挑む彼らに、ハッとさせられる瞬間があるかもしれません。
今の仕事が楽しい人も、正直あまり向いてないなと思っている人も、明日からまた頑張ろうと思えるお仕事小説。
ぜひ手に取ってみてください。